
![]()
どの場に立ち、どこの場所で舞踏しようが、「私」という場が常に新しく生まれ変わるように「ある、どこかの場」も常に生まれ変わる。
「ここ」という明確だと思う場へ、戦争というどうしようもない事象が生まれてくる場所であっても、いや、因縁である「場」へ「私」は立たなければならない。
元藤Y子(あきこ)という舞踏家との、私の勝手な約束だ。
私は「からだ」こそ「藝術」だと思うのです。だが、我々は常に余計なことをしてしまう・・・。
だから、わざわざ「藝術」というものを作らなくても、「日常」に転がっている・・・石ころのような「生活」、転がっていなくても「生活」を構築しなければならないのです。
原爆ドーム、第五福竜丸、ニューヨークのWorldTradeCenter、サイパン島など様々な場所にいき、その場で、その場限りの「生活舞踏」をやらせてもらった。
それは、私のとっては非日常である場が、いや、とにかく一瞬にして日常が非日常へと瞬間的に変わってしまう象徴的な場所に、気付いたら立っていたのです。
劇場とはとても呼べないような場所であり、風や大地がワンワンと鳴っていた。
メッセージと呼べるような標語など、どこにも見当たらないだろう。
無理やり作ってもしょうがないと思うので、しばらくは不問のうちに瞬間的に生活藝術を続けようと思うのです。
だが、日本の劇場であろうが、世界のどこかの場であろうが、「私」のからだが常に変わるように
世界が一変する出来事が起きるのです。その可能性が「生活藝術」にあると思うのです。
世界中が劇場である プロジェクト(ショートバージョン)
2004年〜2006年までの「世界中が劇場である プロジェクト」を一つにまとめた映像です。
今回は、ロングバージョン(25分)を抜粋し、10分49秒のショートバージョンをお届けします!!
世界中が劇場である プロジェクト(ショートバージョン)
![]()
生活藝術は「からだ」への挑戦であり、舞踏という不可思議な踊りとの出会いなくしてはありえませんでした。
また、私は「からだ」の探求に果てしない情熱があるもので、舞踏だけに留まるわけにはいかなくなったのです。
舞踏を生きることに活かす。それが生活藝術の一歩であります。
舞踏から抜け出てしまった私(だが、からだの中にはいる)は、「生活藝術」という標語も、また抜け出さなければいけない運命を背負っているのです。
どのような手があるのか、インドではヨガを学び、漫画のような出来事を体験してきました。
武術家やアーティスト、その他様々な方との交流により、漫画のような出来事が現実に今なされようとしています。
私はこのような出来事を体験できるような日常、保育園や施設、お店の建築に目をむけています。
このような活動にご興味ある方は、是非共に創りましょう!